自己イメージを変えるには

からだ

先日、機会あってフェルデンクライス・メソッドの講座を受けてきました。フェルデンクライスを初めて知ったのはもう10年以上も前。1度講座を受けて、あとは本を参考にしたり指導テープを使ったりして自分でたまにやっていました。でも、ここのところずっとサボっていたので、本当に久しぶり。

フェルデンクライスは、指示に従って身体を動かし、感覚を観察するのですが、これといった正解はありません。動きも小さなものです。たとえば、仰向けに寝て両膝を立てた状態で尾骶骨を持ち上げる、という動きをするのですが、尾骶骨が床からどのように持ち上がって、そのとき背骨や背中はどうなっているか、ということを観察します。要は、身体の動きや感覚に気づくことが目的です。

地味~なメソッドですが、ヴィパッサナー瞑想を長年やっている私にとってはとっつきやすい方法です。でも、ヴィパッサナーでは感覚をただひたすら観察するだけなのに対し、フェルデンクライスでは、身体の動きを意識的に変えてみることで、感覚が変わるのがわかります。

自己イメージを変える、というと、別人のような、違った自分をイメージするような感じがしますが、実は、漠然とした自分というイメージだけではなく、思考も感情も身体の動きも、すべて自分のイメージ通りに動いています。こういうときに私はこう考える、こう感じる、こう動く。そんなふうにいちいち意識していなくても、無意識のうちに、「いつもの自分」通りに考え、感じ、動いているわけです。それを身体の動きから変えていこうというのがフェルデンクライス。寝転がる、足を持ち上げる、といった何気ない動きを、いかに慣れ親しんだ癖だけで行っているかというのに気づかされます。

実はもっとほかのやり方があって、もっと自由なはず。思考も感情も身体の動きも。

そんなちょっとしたことから「自分はこうする」というイメージを地道に変えていく方が、他人の力で一発で自分を変えてもらおうとするよりも、実は長い目で見れば確実に変わるのかもしれません。

感覚を使うワークと言えば、ほかにフォーカシングがありますが、これは感覚を感じて対話するもの。私はわりとこうした地味~(どれも大ブームになったりしない (笑))だけれど確実な手法が好きみたいです。感覚を使ったワークは、「自分に戻る」感じがします。この日も終わった後、とても落ち着いて、スッとました。