発達障害

最近またNHKで発達障害関連の番組が連日放送されていますね。

私自身も実は、十数年前に30代半ばでアスペルガー症候群(現在でいう、自閉スペクトラム症)の診断を受けています。実際には、発達障害の症状は改善するし、現在の診断基準では、診断はつかないかもしれませんが、その特性は今でも多かれ少なかれ残っていると思います。でも、これまで栄養療法を含め、さまざまなことを試行錯誤してきた結果、生きづらさはずいぶん減りました。

発達障害が周知されるのはいいことですが、理解を求めるのがほとんどで、当事者の身体面のつらさに焦点が当たることはあまりありません。これが改善されれば、生きづらさは大幅に減るのですが。

私は現在、食事にかなり気を使っています。グルテンやカゼインはなるべく避けるようにしているのはもちろん、血糖値が急激に上がらないように食事を工夫することも必要です。

私に発達障害があることを知らない人から見れば(だいたい、話してもまずわかってもらえないので、話すことはほとんどありませんが)、変にストイックでつまらない人間に思えるかもしれないけれど、私自身にとっては、ケーキの食べ放題より、頭が霧がかったようにボーっとせず、情緒が安定している方がずっといい。そう、発達障害者の情緒の不安定さや頭の働かなさや身体のだるさは、栄養の過不足を調整することで改善ができるのです。

実際、分子栄養学の分野では、発達障害者ではメチレーションと呼ばれる回路が適切に回っていなくて、解毒や生理活性物質の産生に問題があることが多いと言われています。いくつかの遺伝子の変異と関係があることもわかってきています。その遺伝子変異が症状として現れるかどうか(つまり、スイッチがオンになるかどうか)は、環境的因子(有害金属など)と感染性因子(真菌など)が関与しているのだそうです。

このあたりのことは、もちろんテレビでは報道されることはないし、遺伝子検査にしても、栄養療法にしても、高額で誰にでも手の届くものではありませんが、日頃の食生活で気をつけられることはたくさんあります。だいたい、いくら世間に理解があって職にありつけたとしても、週5日仕事に通える気力・体力がなければどうしようもないのです。

そうしたことを踏まえると、「障害は個性」という言葉を聞くと、ちょっとモヤっとするんです。確かに、明らかに発達障害的な特性がありながら、社会で活躍して幸せそうにやっている人は少なからずいます。そうした人は「個性」でもいいかもしれません。でも、それは、理解ある環境に恵まれたからではないでしょうか。必ずしも、皆が皆、そうではないはずです。

たとえば、足に障害がある人は、車いすに乗ったり、義足をつけたりします。「個性」で片づけたりなんかしませんよね。眼が悪ければ眼鏡をかけるし、心臓が悪ければ、ペースメーカーを入れたりもします。そうなると、「発達障害は個性」というのは、きれいごとを言って片づけているにすぎないような気もするのです。多くの発達障害者にあると言われる感覚過敏だって、あるよりないほうがいいに決まってます。「個性でいいじゃないの」と言う定型発達者が家族をもち、やりがいのある仕事をし、充実した人生を送っているように、発達障害者だって、できることならそうした人生を送りたいのです。

ある学習障害当事者が「障害が個性なのではなく、障害にどう立ち向かうかが個性だ」というようなことを言っていましたが、そのとおりだと思います。発達障害は、個性ではなく、対処すべきものです。適切に対処した結果、残るものが本当の個性なのでは、とも思います。