こころ

人にどう思われるか気になることは誰にでもあります。

でも、それが行き過ぎると大変ですよね。自分がしたこと、言ったことをいちいち振り返っては、気を悪くさせたんじゃないだろうか、出すぎた真似をしたんじゃないだろうか、と一人で反省大会ばかりやっていると、疲れ果てます。実は、そうしたご相談も少なくないのです。

そうした人は、一見感じよく、いわゆる「いい人」のように思えます。十分いい人なのに、さらに完璧にいい人になろうとしているようにも見えます。それまでも「いい人」になろうと、相当がんばってきたのかもしれません。

どうしてそこまで「いい人」になろうとするのかの背景には、理想の自分が高すぎるというのもあるかもしれませんが、身近にそういう人がいた影響というのもあるかもしれません。身近にいた「ちゃんとした人」の影響で、自分もそのレベルにならないといけないと無意識に思ってしまっているような場合です。

たとえば、気のよく利く母親に育てられたり、きちんとした兄弟姉妹がいたりして、そうでない自分にコンプレックスをもって育つと、それを克服すべく、きちんとしたいい人間になろうと無理をすることがあります。

そうやって、いつも感じよく、きちんとしていようと無意識にがんばっている人のそばにいると、「すごいなー」「なんか大変そうだなー」とのんきに思える人はいいですが、同じような背景をもっている人は、コンプレックスが刺激されます。そうすると、その人も「ちゃんとやらなくちゃ」「私も感じよくしなきゃ」などと思い始めます。それが行き過ぎると、同じように、些細な失敗を振り返ってはクヨクヨ反省してしまうのです。

そんなふうに、いい人完璧主義は連鎖することがあります。

だから、ちょっとくらい愛想悪くたって、気が利かなくたって、変なことを口走ったって、気にしないことです。自分のいい人っぷりが実は誰かを追い詰めていることもあるのだから。

でも、こういう人って、さっきの自分の振る舞いは完璧すぎただろうか、なんてまた反省大会を繰り返しちゃうんです。

この手の考え方はコルチゾールを無駄遣いして副腎疲労になりやすく、副腎疲労があると、この手の考えに歯止めがかからないという悪循環になりがちです。

大切なのポイントは、この手の反省大会をやっている自分に気づいたら、自分は今疲れているのだと理解すること。そのときにやらなければならないことは、取り消しようのない自分の過去の言動をほじくり返して自分をイジメるのではなく、ぬるめのお風呂にゆっくり浸かったりして、自分をいたわることです。

そして、ついついグルグル考えてしまったら、一連の思考を「ま、いっか」という言葉で終わりにしましょう。