こころ

他人の芝生は青々として見えるもので、他人にはあって自分にないものが羨ましく思えることは誰にでもあります。私にもそういうことはあります。大して仲がいいとは言えない家庭で育ったので、仲のいい家族が羨ましいと思うこともありました。

最近、人と「ある」と「ない」について話す機会があって、あらためて「ある」ということと「ない」ということを考えてみたんですが、「ある」と「ない」は裏表でしかないんじゃないかということに気づきました。

私がふと思い出したのは、昔の知り合い。当時彼女は30代前半で、私よりいくつか年下だったと思います。いつも明るくてヒマワリのような彼女が、ある日ひどく落ち込んでいたので、どうしたのか尋ねたところ、人間関係で嫌な目に遭ったとのこと。「人生でこんなに辛かったことはない」というのですが、私からすると、「えっ、その程度のことで?そりゃ、今までがよっぽど幸せな人生だったんだね」と内心思ってしまうようなことでした。

よくよく考えてみたら、彼女はいつも楽しそうに家族のことを話していました。家族の話なんか楽しくもないので滅多に他人にはしない私からすると、不思議。訊いてみると、とても仲の良い家族で、これまでに大きな問題はなかったとのこと。

それを聞いて納得。恵まれ過ぎた環境で育ってきたから、人間関係での逆境に弱くなってしまったということです。愛情があったために、強さが育たなかった。そう考えたら、私は家族に恵まれたとは言えないのかもしれないし、思春期には学校でいじめに遭ったりもしたけれど、その分強くなり、独りでも行動できる力がつきました。

だから、自分に「ない」ものばかりが気になったら、それが「ない」代わりに、いや、ないからこそ自分に「ある」ものを見つけてみるといいですよ。それは、実は他人の目には羨ましく映るものかもしれないのです。